2013年5月7日火曜日

アントキノイノチ(さだまさし)

アントキノイノチ (幻冬舎文庫)
アントキノイノチ (幻冬舎文庫)さだ まさし

幻冬舎 2011-08-04
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ずっと気になる本ではあったが、電子書籍(楽天kobo)で出ていなかったら読まなかったかもしれない。

と言うのも、遙か30年くらい前さだまさしの音楽に傾倒していた頃があって、彼の小説(?)もいくつか読んでいたからだ。

それは小説と言うよりは、実体験を少し脚色した程度の習作的なものだった。どれも彼のつくる歌と同じヒューマニスティックな世界観に彩られていたが、やはり彼の歌の歌詞と同様言葉遣いに少しクセがあって、所詮シンガー・ソングライターの手遊びといった域を出るものではなかった。

もっとも、その頃のぼくは彼の文章にすっかりハマっていて、同じように小説めいたものを書きながら、彼のレベルにはまるで及ばなかったのだけれど。


今回読んでみて、その完成度に驚いた。

さだまさしという名とはまったく別のところで、小説としてきっちりと読ませてくれる。

いつまでもずっと読んでいたい作品というのに時々出会うことがあるけれど、これはそういう種類の作品だった。



気がつけば身の回りには、心の問題を抱えている人が大勢いる。いちばん多いのは(新型も含めて)鬱病だけど、アスペルガーやADHDも決してめずらしくはない。

生命と非生命に境界がないように、健康と病のあいだにも境界はない。「病」なんていう概念自体人間がつくったのだから、それはあたりまえのことだ。

だからある意味で「病」なんてものはなくて、ただ本人にとっての(そしてある程度は周囲にとっての)生きにくさだけがそこにある。

統計上の数字がここ何年かで急増しているのは、おそらくこれまで表に出てこなかったものが出てきただけで、実態として数が増えているのではないだろう。

しかし、もっと大きなスパンで、それこそ何百年かの単位で捉えるなら、そこには近代というパラダイムが抱えた何かがあるのかもしれない。

安易な社会批判は嫌いだけど、麿赤兒が20年以上前にどこかで書いていたこの言葉が、頭を離れない。

…いまの日本は、真っ白な闇の中だな。情報社会ですべて分かったような気分になれる。だが、判断する時は、あまりに真っ白すぎてできない。怖いね。目を開けても真っ白で、まるで拷問。そんな状況でいられる肉体は、すでに人間ではないだろう…

もっともこの本はそういう、何か小難しい問題提起をするような本じゃない。

さだまさしらしい優しいまなざしに貫かれた、それでいてイヤミのない良書だと思うので、ぜひ読んでほしい。


願わくは、もう少しラストを引っ張ってくれたら、もっと長い時間読んでいられたのにな…(^.^)