2004年12月17日金曜日

リプレイ(ケン・グリムウッド)

リプレイ (新潮文庫)リプレイ (新潮文庫)
ケン・グリムウッド 杉山 高之

新潮社 1990-07
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もしあなたが奥さんや旦那さん、また彼氏や彼女と行き詰まっていたり、険悪な関係になっているなら、この本を読むといいかもしれません。

1

私たちに必要なのは・・・

電話の向こうで妻のリンダが言いかけていたときでした。その言葉の後に続くのは、せいぜい別れの言葉か際限のない非難の応酬のどちらかでしょう。それを聞きながら、地方ラジオ局の冴えない中年ディレクター、ジェフは突然の心臓発作で命を落とします。

次に目覚めたとき、ジェフは大学の寮の自室にいました。どういう訳か彼の人生は学生時代に巻き戻されていて、彼は人生をリプレイするチャンスを与えられたのです。いまひとつパッとしなかった自分の人生を。

突然投げ込まれた状況に戸惑いながらも、彼はほどなく自分が未来の知識を持っていて、それが強力な武器になることに気づきます。ダービー、ワールドシリーズ、株・・・。未来の知識を総動員して、彼はまもなく億万長者になっていました。彼が設立した未来社は世界的なコングロマリットに成長します。

しかし未来を予見する彼の不思議な能力はやがて親しい人々から不気味がられ、友人は離れていきました。元の人生のストーリーどおり約束の場所で再会(?)した妻のリンダも、彼を将来の夫とは知らないままに彼の前から去っていきます。

成功と引き替えの苦い現実。やがて彼は上流階級の女性と結婚し娘をもうけます。妻との結婚生活は味気ないものでしたが、最初の人生で得られなかった娘の存在は彼にとって大きな慰めでした。

しかし時が流れ、最初の人生の最期になった日が訪れます。ピアノを弾く最愛の娘の姿を眺めながら、ジェフはまたも突然の心臓発作で命を落とすのです。

目覚めるとふたたび大学時代に戻っていました。どうやら彼の人生はエンドレステープのような無限ループに捉えられてしまったようでした。

2

人生をやり直せたら、とは誰もが一度は夢見ることでしょう。でもそれが無限に繰り返されるのだとしたら?

二度目の人生で得た最愛の娘グレッチェンを永遠に失ったジェフは悲嘆に暮れます。いや失っただけであればまだよかったかもしれません。再びはじまった彼の人生では、グレッチェンは元々存在さえしなかったのです。誰も彼女の存在を知ることはない。彼女の存在の痕跡を示すものは何ひとつない。グレッチェンは、築きあげた彼の(二度目の)人生とともに、永遠に消えてしまったのです。

彼は悲嘆に暮れながらも、やがて大学時代の恋人ジュディと今度は幸せな家庭を築くことに成功します(二度目の人生では、つい現代風のアプローチをして嫌われてしまったのです)。

もう二度と子供をつくるつもりはないジェフでしたが、二人の養子をもらい家族4人の幸福な人生を送りました。しかし、運命の日はまたも彼の人生をリセットしてしまったのです。万全を期して身体を心電図につなぎ、24時間監視体制を敷いていたにも関わらず。


人は誰も生活をよりよくしよう、人生をよりよいものにしようと行動します。しかしリプレイは、そんな人間のひたむきさをあざ笑うかのようにすべての成果を無に帰してしまいます。

審判 (岩波文庫)審判 (岩波文庫)
カフカ Franz Kafka

岩波書店 1966-05-16
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それは永遠に岩を山頂に持ち上げつづけるシーシュポスの神話であり、またカフカの主人公が置かれた状況であると言えます。何の脈絡もなくある日突然逮捕され、裁判に連れ出される。それが何の裁判かもわからないまま、やがて「犬のように」処刑される「審判」の主人公K・・・。

「ここにぼくの身分証明書がある。」

「それがどうしたっていうんだ?」

極めて理不尽で説明のつかない現実。そこから何らかの意味を汲み取ることさえ不可能な世界。

しかし、現実とはもともとそういう様相のものだったのではなかったでしょうか。人生に意味があると思うのは、私たちが必死になってそこに意味をこめようとするからです。むしろそうして生きる姿をこそ私たちは「人生」と呼ぶのかもしれません。

際限なく繰り返される人生の中で、絶望とやり場のない怒りとあきらめと、それでもなおわずかに残る「やり直せる」ことへの希望の中で、ジェフはやがてひとつの態度を身につけていきます。

それは、逆境に耐え、何事も適切なものとして受け入れる態度でした。それをニーチェの言う「超人」に例えることも可能でしょう。人生に意味を求め、その意味のなさに絶望するのではなく、意味のなさをそのままに受け止め、それとともに生きること。未来に目的を置き、それに向かって現在を意味づけるのではなく、現在それ自体を生き生きと生きること。

そうして周囲を見回してみたとき、身近な誰かが自分にとってかけがえのない存在であることにあらためて気づくかもしれません。戦争という巨大な無意味の下で、ひとつひとつの生や愛がひときわ輝いたことがあったように。

ジュディにつづいて、元の人生で破綻しかけた結婚相手リンダとの関係も、ジェフはやり直しの人生の中で立て直します。やがてそれが無に帰すると知りながらも。

そして・・・。

3

何度かの人生を繰り返すうち、ジェフはあることに気づきます。リプレイのタイミングが少しずつ遅くなっていることに。しかし死ぬ日はいつも変わらない。ということは、彼がやり直せる生はどんどん短くなっているということです。しかもその事態は加速度的に進行しているようでした。

その後にどんな事件が起きるのか、それはこれからこの本を読む人の楽しみのためにとっておきましょう。存分に楽しませ、感じさせ、考えさせてくれることは間違いありません。

ともかく彼が元の人生に戻ってきたとき、途切れてしまっていたリンダのその次の言葉が電話の向こうから聞こえてきました。

「私たちに必要なのは、話し合いなのよ」

答えは最初からそこにあったのかもしれません。ジェフは答えます。

「ああ、話し合おう」

「もう手遅れかもしれない。でも、まだ時間はあるわ」

決して手遅れではないでしょう。現在を構成する幾重もの過去の蓄積に縛られないならば、何度でもやり直しは可能だからです。たった一度しかない人生だとしても、実はそれは変わらない。いやむしろたった一度しかない人生だからこそ私たちはそう考えるべきなのかもしれません。そのことを知るためにジェフは、私たちは、何度もの生を生き直さなければならなかったのでしょうか。

最後にジェフはこう独白します。

今夜はリンダと話をしよう。何といってよいか分からないが、少なくとも、彼女に対して借りがある、ぐらいのことはいってやろう。(中略)---仕事も、友情も、女性との関係も。それらはすべて人生の構成要素であって、価値あるものではあるが、人生を限定したり、コントロールしたりすべきものではない。自分の人生は自分の責任であり、自分だけのものだ。

可能性は無限だと、ジェフは知った。