2004年12月12日日曜日

発作的座談会(椎名誠他)

発作的座談会 (角川文庫)発作的座談会 (角川文庫)
椎名 誠 木村 晋介 沢野 ひとし 目黒 考二

角川書店 1996-10
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電車の中で絶対に読んではいけない本ってありますよね。この本はたぶんそういう類の本だと思います。私自身電車の中で吹き出しそうになるのを必死で堪えながら読んでいて、何度前に座ったひとから怪訝な顔をされたことかわかりません(笑)。


座談会の主な登場人物は、作家の椎名誠、弁護士の木村晋介、イラストレーターの沢野ひとし、それに本の出版社の社長目黒考二の4人。いずれも「哀愁の町に霧が降るのだ」以来椎名誠の著作でおなじみのキャラクターです。

キャラクターというとあたかも創造された人格のようですが、いずれも椎名誠の周囲をあやしく徘徊する実在の人物ばかりです。

哀愁の町に霧が降るのだ〈下巻〉 (新潮文庫)哀愁の町に霧が降るのだ〈下巻〉 (新潮文庫)
椎名 誠

新潮社 1991-10
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さて、これらおなじみの面々が割とくだらない日常の些末なテーマをもとに座談会を繰り広げるのがこの本なのですが、これが爆笑ものなんですね。たとえば、どんなテーマが語られているかというと・・・

「コタツとストーブ、どっちがエラいか」「デブとヤセはどっちがトクか」「美しい昼寝とは何か」「茶碗蒸しはおつゆかおかずか」・・・

ね?いかにくだらないことを論じているかわかるでしょ?実際の座談会からいくつか抜粋してみましょうか。

コタツよりストーブがエラい理由はね、コタツでお湯は沸かせないけど、ストーブはやかんがかけられる。
でもコタツは歩けそうだぜ。
どうして歩けるんだよ(笑)。
四本脚があるから、なんとなく歩けそうじゃないか。
ストーブは転がっていくしかない。
(「コタツとストーブ、どっちがエラいか」より)
あっ、これ以上迷惑な奴はいないっていうのを思い出した。いきなり家に来る奴(笑)。
いたねえ(笑)。
普通はいないけどね。
「元気ィ」なんていきなり入ってくるんだよ。元気じゃないっつうの(笑)。
いやあ、そう言われるとつらいなあ。
日曜のたびに朝起きると、こいつがオレんちの台所で大きな顔で飯食ってるんだ。それで、「元気ィ」だって(笑)。朝から元気じゃないって(笑)。
(「迷惑な奴とイヤな奴」より)
電話がなかったら、どうなっているか。
そうだね、間違いなくいえるのは飛脚制度が発達する。
いいねえ、飛脚制度。
会社にも人事部、経理部とかと並んで飛脚部ができる。
すると足の速い奴が重宝されるね。
地図にくわしい奴も飛脚部では出世する。近道にくわしい奴ね。
千人ぐらいの会社だったら、飛脚部は三百人ぐらい必要だろうな。
(「もし電話がなかったら・・・」)

もうまるで緊張感も生産性もない座談会なんですが、笑えることだけは間違いありません。いや、この中に出てくる「日本読書株式会社」というネタを、椎名誠はのちに小説に仕立てていますから、生産性は意外とあるのかもしれませんが(笑)。


ところで、椎名誠と言えば代表作はやはり「哀愁の町」と「わしらは怪しい探検隊」あたりでしょうか。いずれもなかなか爆笑ものの作品ばかりです。「哀愁の町」につづく系譜としては「新橋烏森口青春篇」や「銀座のカラス」「本の雑誌血風録」などの自伝的な作品群があります。また「探検隊」の方も「あやしい探検隊北へ」をはじめ「あやしい探検隊不思議島へ行く」など続編が何冊も出ています。これ以外に週刊誌に連載しながら随時刊行されているエッセーシリーズ(「ひるめしのもんだい」「おろかな日々」など)と、「アドバード」などのSF風小説群あたりが椎名誠の主な著作ということになるかと思います。

あやしい探検隊北へ (角川文庫)あやしい探検隊北へ (角川文庫)
椎名 誠

角川書店 1992-07
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新橋烏森口青春篇 (新潮文庫)新橋烏森口青春篇 (新潮文庫)
椎名 誠

新潮社 1991-05
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銀座のカラス〈上〉 (朝日文芸文庫)銀座のカラス〈上〉 (朝日文芸文庫)
椎名 誠

朝日新聞社 1995-07
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本の雑誌血風録 (新潮文庫)本の雑誌血風録 (新潮文庫)
椎名 誠

新潮社 2002-01
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あやしい探検隊 不思議島へ行く (角川文庫)あやしい探検隊 不思議島へ行く (角川文庫)
椎名 誠

角川書店 1993-07
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ひるめしのもんだい (文春文庫)ひるめしのもんだい (文春文庫)
椎名 誠

文藝春秋 1995-08
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おろかな日々 (文春文庫)おろかな日々 (文春文庫)
椎名 誠

文藝春秋 1996-06
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アド・バード (集英社文庫)アド・バード (集英社文庫)
椎名 誠

集英社 1997-03-11
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ここではわりとこむずかしい本を選んで紹介してきましたが、椎名誠の魅力はこむずかしくないところにあります(笑)。それでいて世の中を相対化してくれるような効果が彼の作品にはあるような気がします。どうせすべては脳の解釈であり、脳の中で生起することがらにすぎないとするなら、ガハハハと笑って椎名誠のように真夏の日差しの照りつける岸壁に裸で寝転がってみるのもいいでしょう。びっしり活字の詰まった本は頭の下に敷いてまくらにでもしてしまいましょう。

そういう椎名ワールドを最も端的に味わわせてくれる作品は、やはり「あやしい探検隊」ということになるでしょうか。

「あやしい探検隊」は椎名誠がはじめた「東ケト会」(別にたいした団体ではなく、東日本なんでもケトばす会という意味不明のサークルというか、ただの名称)が母体(?)となっています。そもそも「探検隊」とは言っても、秘境の地に入っていくとか未知の生物を探し求めるというような高い志はみじんもなく、ショートパンツにビーチサンダルの男たちがダンボールを引きずりながらその辺の島に出かけて行き、たき火をやって帰ってくるという、ただそれだけの話です。

ですから、昨今のアウトドアブームの走りだとか言ってもてはやすのは見当違いかもしれません。最近の椎名誠はすっかり「自然派の作家」というカテゴリーに収まってしまったようで少しつまらない気がしますが、彼のよさはことさらに自然がどうとかアウトドアがどうとか言ったりしないところだと思います。むしろそんな訳知り顔の何かを笑い飛ばしながら、あやしい男たちがただ意味もなくたき火をやっている、そのばかばかしさこそが脳化=社会における希有な価値であって、そんな様子が「昭和軽薄体」と呼ばれた椎名誠独特の文体に乗って語られるとき、その行状のあほらしさに私たちは大笑いしながらも、ひそかに脳化=社会を相対化していたのではないかと思うのです。

(数台のクルマに分乗して北へ向かう道中、彼らはトランシーバーでお互いを「パンツ一号」「パンツ二号」などと呼び合いながら退屈を紛らわせるのですが、調子に乗って前を走るパトカーに「そこのパトカーはすぐに停まりなさい」と呼びかけてほんとうに停めてしまったりします。また、他のグループも大勢いるキャンプ地の真ん中で、突然何の必然もなく「山田アー。山田アー。」と連呼をはじめるのですが、それは中に一人くらいはいるかもしれない見知らぬ山田さんを慌てさせたいというただそれだけのためだったりするのです。この事件はやがてその辺にキャンプしている人たちも巻き込んでたいへんな騒ぎになっていきます。)(いずれも「あやしい探検隊北へ」より)


西欧哲学は、その最前線と目されるポスト構造主義(「ポスト構造主義」という名の思想があるわけではありません。それは単に構造主義の後に来る思想群ということを表しているにすぎません。そのこと自体が、もはや何ものも実体的にとらえることはできず、何ものについても確定的なことは言えないという現代思想の知見を示しているかのようです)にいたって、悲観的に言えば拠って立つ思想の根拠をすべて失ってしまったと言えるし、ポジティブに言えば、すべてのくびきを捨て去って一から再構築できる位置に立ったと言えます。椎名誠がその著作群を通じて送り出してくる何かは、本人の意図に関わりなく、そうした現代思想の課題に対するひとつのヒントを示していると言えるかもしれません。

思想を、真夏の照りつける陽射しの下に引っ張り出してやること。そこでなお色あせないものこそが真に価値ある思想と呼べるし、そういう風にして思想を脳の独占から解放してやることが必要なのでしょう。


「発作的座談会」は、「探検隊」シリーズを読み、「哀愁」他の自伝シリーズを読んであやしいキャラクターたちに親しんだ読者にとって、外伝のような位置づけになるのかもしれません。逆に外伝の方から椎名ワールドにはいっていくというのもまたいいのではないでしょうか。

この本はもともと「本の雑誌」に連載されていたヒット企画を単行本化したもので、その後も「いろはかるたの真実」「超能力株式会社の未来」とつづけて単行本化されています。もし気に入ったら合わせて読まれることをおすすめします。

でもくれぐれも電車の中で読むのはやめた方がいいです。マジで。

発作的座談会〈2〉いろはかるたの真実 (角川文庫)発作的座談会〈2〉いろはかるたの真実 (角川文庫)
椎名 誠 木村 晋介 沢野 ひとし 目黒 考二

角川書店 2000-08
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超能力株式会社の未来―新発作的座談会超能力株式会社の未来―新発作的座談会
椎名 誠 木村 晋介 沢野 ひとし 目黒 考二

本の雑誌社 2000-06
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